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2020年 02月 04日
和声学:総合
和声学:総合

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 和声の世界は本質的に相対的なものであり、相対的な構造体系が和声学の分野に与えた主要な問題を考えてみることにしよう。その最大の問題点は、やはり和声学と歴史的存在との関係についてであろう。
 規則主義による規則禁則、およびそれを基盤としている、たとえば公理的方法による和声学と歴史的存在の捉え方は、現代における実在の検証的理論の出現によって基本的な自己矛盾の改変を求められた。それは、和声学と歴史的存在の同質性、和声学と歴史的存在を一体化させた存在論的証明、分析データとの整合性の確立であり、そして、実在すなわち現存在に立ち現れる事象現象が検証領域を広めれば広めるほど、構造特性は、多種多様化し、一律に限定はされていない、という問題である。しかもその事象現象は、和声そのものの性質として考える必要があるもので、そこから、あの和声学の命題となる西洋音楽_バロック・古典派・ロマン派和声_の概念が定義される、というプログラムが生まれてくる。
 実証的理論からの客観的帰結によれば、和声学の保持する歴史的存在との同質性、歴史的存在を一体化させた存在論的証明、分析データとの整合性の関係は、自然倍音列や仮説的演繹法の範囲で説明できるものではなく、実在検証の分析資料をともなった非規則論においてはじめて説明できるものとなる、ということである。しかし、従来の規則論では、和声の事象現象は静的であり、それ自体限定制約という非存在的な概念であったが、実証的理論の枠組のなかでは、和声の歴史的存在と事象現象との間には互いに影響し合う関係があり、この間は入れ替えが可能であると考えられる。
 このようにして、実証的理論は、和声学と事象現象の間に、歴史的存在を媒介として新しい視野を広げ、和声の新しい解釈を構築しているのである。



# by examine-analyze | 2020-02-04 10:39 | 和声学:総合
2020年 02月 04日
和声学:総合

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普遍的事象性


 和声学は急速に進歩している。
 和声学としての理論の成立する元となる事柄、とくに “ 冒頭の章 “で示したように、事象現象の存在概念についての包括的な論述を「和声学の基本」すなわち「和声学基礎論」という。むろん、一般的な現存在について私たちが知るすべての知識を駆使して把握しようとするのが基礎論であり、当然のことながら限られた知識で壮大な対象を相手にするという点で他の音楽理論とは異なった特徴をもっている。そこでは、和声学における理論体系としての無矛盾性の探求が主な内容であるが、たとえば、「地球環境学における現象論が自然科学の分野でありながら、その世界が生起の多様を通していかなる普遍的事象性を有するか」という歴史的変遷を扱う必要があるのに似て、和声学における現象論の特徴は、2つの意味で、「かつて和声はどのようにして生成され、どのようにして今日まで到達したのか」を確かめる検証領域と関連をもっているという点であろう。

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* 解説と明証性 *


 第1は、_概念定義との関係であって、とりけ実在的実践についての検証の展開は、和声の実在性に対する限りない信頼であり、またそうした和声の実践を把握する人間の知的能力に対する限りない信頼であり、その視点は、そのまま理論構成との関連を志向し、直示的実体論の発展とともに一般原理の文脈のなかで重要な意味合いをもつにいたっている。
 第2には、_基礎論において明らかにされていく歴史的・実践的実在についての新しい実証の意味が、問題になる。たとえば、実在と概念の関係を示す事実認識の問題や定義的方法と和声学の本性との関係が、しかも、先を見据える概念定義の和声学的な解説および明証性の問題が、検証分析的にも興味ある見解を提起していたとみることができる。



# by examine-analyze | 2020-02-04 10:36 |   相対的構造体系
2020年 02月 04日
和声学:総合

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 和声の世界の探究では、ひとつの「なぜ」を説明すると、必ずといっていいほどその前後の「なぜ」が新しくあらわれ出る。新しい「なぜ」は1つとは限らない。結局、こういったさまざまな段階の「なぜ」を吟味することが「和声学基礎論」に求められた課題であろう。そうして最後の「なぜ」に対し明確な答えが出せるか否かが問題となる。たとえば、「古典派和声」から出発して「その前(バロック和声)は」、「その後(ロマン派和声)は」と問いかけていくと、実体概念の「根源的構造」もしくは「進化方向」を説明しなくてはならなくなる。それは考えなくてもよいことであるにしても、「その構造」から「別の構造」に変えた「人間の意識」はどこから来たのか、という疑問が必ず生じる。
 たしかに近代和声理論以前に比べると、今日、理論の果たす役割は飛躍的に増えその大部分は実体論的思考の領域となり、 21 世紀に入って実証的研究による理論の再編成は目を見張るばかりで、和声学のための方法論として、事象現象とはどのようなものか、その活動的な機能は何か、どのような変容過程を経てこの機能を果たすのか、といった基本的な問題が解決されてきたのは事実である。多種多様な和声の根幹的構造が実在の検証と分析そして分類と比較によって示され、それは音楽研究の和声学分野に戻されて新しい知識の進展に寄与するという肯定的な理論環境がある。こうした動向は「和声の世界はやがて事実からの理論の組み立てのなかで、すべて論じ尽くせるのではないかという大きな変化を実感させる」。実在の実証的研究は多様に変化発展する非均質な構造こそが実体であるとする。そこでは、和声の構造特性は通常、限局的概念は消失する。どんな時代においても「"検証"をもってその実体概念を浮かびあがらせる」、という基本的命題の論旨に対する姿勢は、和声学の「究極の目標」とするところである。問題は、検証事実の明証的な説明内容に、「どれが実在する現実態であるのか、どれがそのために有効な概念なのか」_という「認識」が必要であって、歴史的・実践的実在として認められている和声構造の「判定」において、どのような事象現象が「正しい」か、「誤り」か_を問うのは理論的に意味がないとしている。
 和声学における和声の世界の概念の定義は「事実」と「本質」の関係に立つ。「事実の存在」と「本質の存在」の解明は、「検証的な理論」と「分析的な論理」で立ち向かう「実証的研究」に基づいている。つまり、その理論と演習は、歴史的・実践的実在から得られる「一般原理」によって、思考のなかに和声像をつくりあげる必要があるからである。ここから、認識論の出発点として取り扱われる_事実、事実認識が可能になる_概念枠組、実践という歴史を創造していく_自発的な実在認識の不要論が生じないためにも、前提と結論が矛盾する類推や整合性のない自家撞着を積極的に取り払おうとする立場が生まれる。現代は_その壮大な和声学観の基本的な構図を指し示す相対的な理論や進展的論理を捉える常識的な分析資料提示が多数存在する時代であり、それを踏まえて改めて形成される「存在論的概念」は、私たちが理解している和声の世界の必然的特徴である。



# by examine-analyze | 2020-02-04 10:35 |   存在論的概念
2020年 02月 04日
和声学:総合
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 学術分野の転換期には、昔から、未来についての多くの予測が語られてきたが、たいていは、空想的な未来予測であった。いまこのときも和声学にとっては大きな転換期であり、人々の未来志向が高まっているが、分析と総合の発展がもたらした実証的研究など、各種の資料分析技術の高能力化と原初的存在との連関能力は、仮説的構想とは異なった現実的な未来予測の確かな可能性への道筋を開いた。それは観念的な思考選択よりも効用的合理的な選択を価値的に優先させる概念の形成過程の開発であり、学術分野の新しい理論と論理の要求に対応している。今世紀に入って、その体系化が実体論的思考として組織的に追究され始め、そのなかで歴史的・実践的実在の展望と理論変遷を顧慮する基礎論、限定制約の概念認識から多様変化の概念認識への諸分析の総合が要請され、「古典楽曲の分析力」および「創作に連動する和声作成の実践力」についての新しい課題を提起している。この場合、「和声学的」というのはどのような意味であろうか。そのことを確かめておこう。
 和声学は、私たちの誰もが入手できる音楽作品の検証を基にして、その分析から得られる概念の比較分類によって多様に変化する実体を概念定義する。新たな知をもたらす資料は古典和声の世界からの賜ものである。概念の意味は、それぞれの資料がもつ背景によって大きく変わる。その範囲は、過去の人間活動や事象現象の根源的生成を扱うだけでなく、非均質性が生みだす進化へとつながる。和声の世界では、いたるところで「存在様態への移行」が起きている。この移行は均一ではない。音組織、事象現象、そして和声を形成するために、ひとつの様態から他の存在様態への移行いわゆる「変化 発展 進化」の「方向性質」は、さまざまな「多様性」と「可能性」つまり「相対的構造」をもっている必要があるからである。

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 いずれにせよ確かなことは、和声学は「特定対象についての各個別の理論構成の成果」および「実在検証から得られる多面的な知識体系」を基本にした理論体系であるといえよう。その発展ぶりは理論的分析面での概念定義的な進歩と、実証的研究の、それも特に実在的概念認識の進歩を抜きにして語ることは不可能である。一方で和声学は、本来的に理論的・思索的なものであり内容的には最も総括的な体系であるから、単に歴史ももつ事実とその検証の間の統一が破れ、乖離が生じる公理的方法による規則禁則の提唱だけでは論じきれない面が多く残る。そうなれば、いまはもう規則禁則の思索に潜む人間の歴史と実践に向けられた無化の働きから次の段階へ進めて、その役割を再検討する時代となっている、といえる。「和声学基礎論」の問題点は、次の5項目にまとめることができる。

    1) 「公理に要請された無矛盾性・独立性に関する論証の不備」
    2) 「古典和声の根幹といわれる規則禁則と元の対象との不一致」
    3) 「低次の正誤判断による原則だけが和声的単位を決定するという均質化」
    4) 「理論と論理の危機意識として引き出された情動的で定義不十分な用語表現」
    5) 「理論体系の前提である対象の客観的実在性を排除する正誤判断と分析状況」

 和声構造の組織体系が時代とともに変化・発展・進化していくものとするなら、なぜ歴史的・実践的実在に関わる決定的な人間的実現行為と意思の疎通を図ることができないのか、また、なぜ事象現象の動的状態に関する命題設定が必要とされないのか。

    和声を論述する基礎論(初段階)で、
      <古典和声の例外視という誤認>
      <歴史的・実践的実在認識と規則認識との隔たり>
      <分析的情報網と公理的理論の間に置かれた遮断壁>
    さらには、
      <公理に適合しない実在が切り離され、古典和声の伝統性および感覚、その世界にありえた多義性・可能性
       が規則禁則の枠組に組み込まれ忌避される>。
    これこそ「和声学がかかえていた問題」である。

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 では、和声学の主な命題が虚偽を放置したものであるとするなら、逆にルールが誤っていないことを主張できる確実な根拠を尋ねてみる必要がある。言い換えれば、この「存在排除」の時代、「存在喪失」の時代に私たちに何ができるのか。失われた存在に行き着くことが可能な実在検証に寄せる現代人の強い関心は、そこに結びつく。将来の和声学はもはや限定制約だけが突出した規則禁則論ではない。それは、過去において和声学の別名であった規則禁則論よりも、「実証」と「実践」という「実在性」をもって根源的にその意味を浮かびあがらせてくれるからである。こうした和声学は、それがあるかぎり、存在の実証的研究であり、それ以外のなにものでもない。存在によって存在の可能性が明らかにされ、そのために必要とされ、存在に属しつつ存在の深層を思索するのである。
 思索は事実を集めて明快に語る。まぎれもなく旋法組織が常に事象の本質的な構造基盤であるように、また多様でしかも変化のある固有の役割、つまり他との関係において成り立つ機能と、そして他との比較の上に成り立つ構造体系が現象のあり方であるように、事実は存在論的概念の象徴事実である。規則禁則の更新を行っても、検証あるいは説明契機が減るわけではない。今日の理論家は、思索と和声学の間には親和性があり、それはいずれも実在の分析データと整合性のある事実に応じて、事実保全のために思索をめぐらすからだと考えている。



# by examine-analyze | 2020-02-04 10:34 |   変化・発展・進化
2020年 02月 04日
和声学:総合
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 和声とは規則禁則的な概念規定ではなく1つの総称である。この総称のなかにどのような概念が含まれているかをよく考察しない限り、和声学の根幹的な理論体系を見出すことはできない。ルールは限られた概念のことであり、こうした概念規定のために現代の音楽文化社会において人々の享受する歴史的・実践的実在が例外と判断されるとき、論理学的困難を提示する。例を挙げるなら、ひとつの進行や関数に依存する限定は、大作曲家たちが実践した和声様式いわゆる実際に機能している和声法その多くを規則違反とするが、それらは明らかに機能論的思考が実体論的思考を見失った抽象化によるものである。このことは一見、物理学者が公理や公準を用いて現象を説明したり、物理量の数量的関係に注目したりすることと関係がありそうにみえるが、自然科学は、こうした公理そのものに完全性を認めたりはしていない。たとえあらゆる規則を動員して公理を立てても、それは反証されることになる。つまり、部分・局所的な規則から公理へと一般化する過程には、絶対的な正しさを得る方法はありえないのであり、またそれゆえに私たちの知識は明確な内容をもったものとなるのである。
 周知のように、数学における代数・幾何・解析、あるいは物理学における物質の構造・性質・運動であるなら、もっとも新しい進展的な実験によって証明された真理・原理・概念を学ぶことを目的とするのは当然であるが、人間の特性としての創造性の本質と意義についての原理的な反省を促す有効な和声学が体系化されていない今、現象の柔軟な機能性を許容できない規則禁則は正しいとする考え方、さらには、自明なものではあり得ない公理から演繹される命題だけで人間的実現行為を左右するような正誤判断は、大きな間違いであり、象徴事実の例外視と古典音楽の伝統性と感覚からの切り離しという発想自体、和声学が概念定義の実質的内実を見失ったことを語るものにほかならない。
 人間が対象を思考の対象として認識するのは、それがそれ以外のものから区別されることによってである。そのような区別をするのは、それが認識の発展に役に立ち有効な結果が得られるからである。もちろん、私たちの関心は多岐にわたる場合が多い。それゆえ同一の対象に対してただ一つの視点をとり、単に同質均質なものを一集合にまとめて唯一の概念に帰するだけでは認識は成立しない。対象がどのような性質をもつのか、他のものと、どのように異なり、どのような関係にあるのか、というように有機的に把握される必要がある。この思考の働きが認識といわれるものであって、実在する特定対象の検証と分析の共同の働きによって知識体系は確かなものに構成されていく。実在の検証と分析は、多岐にわたる認識・定義・証明の過程を性格づけする対概念。科学や哲学でも観測や検証において多様な分析の方法をもつが、和声学でもそれは中心的課題。ともに他を欠いてはありえない。実在とは組織系と階層的な分類系としての体系をなすもの。思惟と認識可能な整合性を確保した多様における統一をその本質とする。もし、この明確な概念定義に倣うなら、個々の理論体系において実在の解明に対してどの程度の事実性を与えているかを理解するためにも、検証分析全体を根本において動かしていたものが何であるかを考える必要がある。
 要するに、現代の理論家が考えついたのは、和声学がいずれ取り組むことになる歴史的・実践的実在の概念化、つまり、音楽の歴史において人間が蓄積してきた和声的で相対的な構造体系の確立という分野である。いうまでもなく和声学は事象の多数と現象の多様の実例にもとづく概念定義が前提条件である。なぜなら、明確に語ることができる和声の世界と、和声がその環境から得ている性質や機能とを対象にして、分析不十分な概念枠組を修正する必要があるからである。とすれば、実在した「技法」を円滑に「分析」するためにも、演習の支えとなる「原理」を筋道立てて「総合」していくためにも検証分析は不可欠となる。たしかに検証の歴史は、一方において、中世の精緻で包括的な音楽理論の体系があったことが、和声学の理論体系に決定的な意味をもっていることを示していると同時に、他方、それでもなお、今日の和声学が古典音楽という世界を共有してるという見解を成り立たせているのである。その基本的な視点は、広範囲で多様な_「知的活動の過程・方法・成果」_を獲得した歴史的・実践的実在に対する限りない関心であり、そうした世界観を把握しようとする人間の知性に対する限りない信頼であり、この両者を対峙させる過程ではなかったろうか。
  和声学は、何のために存在するのか。それが和声学の目的であり意義である。目的と意義が与えられて、はじめて存在するに価するものとなる。和声の「他との関係において成り立ち、また、他との比較の上に成り立つ象徴事実」すなわち「相対的構造体系」のなかに分け入り、その可能性の活動状態「変化・発展・進化」において存在することが求められる。認識可能な整合性や実体概念の定義に影響を受けた和声学では、人間的実現行為によって存在する実在検証が重視される。音響学的問題と違って和声学的問題は、公理的方法における論証形式の不明瞭、実在性を排除する正誤判断や不当な総括化、さらには撞着規定と聴感覚の不整合とそれに対する問いかけから生まれ、したがってさまざまな手法で各和声の一般原理による認識と関連づけて問題の命題や概念の意味を明らかにすれば解決される、という基本的前提が検証の中枢部にある。たとえ、自然倍音列による演繹にしても、仮定に過ぎない。演繹も定理化する過程が重要なのである。それは、人間が考え生み出した体系はすべて相対的であるからである。とすれば、和声学の総合とは限局的なものからの構成でなく、解明の結果新たな概念枠組み_相対的構造体系_から得られる事象の全体像といえよう。


                                            中 村 隆 一

                                        「 大作曲家11人の和声法 」 著者


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# by examine-analyze | 2020-02-04 10:30 |     基本的な視点